*これもすべて同じ一日*

毎日の備忘録。最近は作ったもの=食べたもののことばかり。

人に求めるもの

これは自分もこうありたいな、と思うこと。

新しいものに触れたとき、「楽しい」「すごい」だけじゃない、自分の視点で意見が言える(かつ意見交換出来る)。
そう、自分の意見(哲学)があって、それを表明できるということ。

最近人と話したり出かけたりするとき、まあ自分から誘うことも多いのだけれど…ミュージカルとか誘ったりとか、読んだ本の話をしたりとかね。そういうときに、「すごい」「深い」「泣ける」とか、それどまりじゃ、つまんないですね。話し相手も同じように思ってると思うんだけれど…実際のところどうなんでしょう。
意見の交換が出来ないというのは、そこまで関係が深まっていないからなのかな?私はわりかし気にせず、見たものや読んだものに対することを言いたい。それで自分の思いもしなかった意見をきいて、刺激を受けたい。でも、実際はなかなか難しい。軽く振っても、驚かれたりとか…

鸚鵡返しのように、意見を繰り返されるだけなのはとってもきつい。そう、会社の同期の子で…たとえばごはんを食べたとき「おいしいねーしあわせー」とかいうと、同じように繰り返す子がいて、私の発したつまらん冗談でもそうだったので、「あなた、ほんとに○○って思う?」ってきいたら「えっと…よくわからない」と返してくれたので、ようやく溜飲が下がった。なんなんだろう。

言わないのか、言えないのか、言う関係ができあがっていないからか、最近よく考える。そういう人と自ら進んで時間を過ごすというのは、自分ひとりで対象物への考えを深めることよりも無意味なように思える。
「打てば響く」。
高校時代の親友のMとは、よく人を評価するときに、この言葉を使う。打てば響く、頭の回転とウィットのきいた人と、感動を共にしたい。

ゲキシネとかbunkamuraの展示とか、青山のかわいいcafeに行ったりとか、D-BROSの雑貨のセンスの良さに共感してくれたりとか…そういう、自分の趣味関心に近い人に会いたいわ。それか、その人の趣味関心のよさを教えてくれる人。

いまの会社には、まだそこまで至る人がいないので、どこかで、そういう人に会いたいです。小学校の塾の同級生@男子コースの人々は、みな世間で言うところのエリートになっていて、その人たちとしゃべってみたいな。やっぱり自分より頭のいい人がいい(けっきょくそこか…)。